向日神社
むこうじんじゃ □京都府向日市
自然を慈しみ、悠久の時を刻む人事。
小さな町の、大きな誇り。西日本一面積の小さい市である向日市の、市民の心のよりどころとして愛されている向日神社。市民全員が氏子だというように、また市の名前の由来でもあるように、向日神社は深く深く、市民の生活に寄り添ってきました。
真夏の蒸し暑いある日、鳥居から本殿まで続く石畳の参道に立ち入った時に、いきなり感じさせられるもの。それは別世界に足を踏み入れたような感覚。そして何かに守られているような安心感。神域というものなのか、ついさっきまで仕事をしていたスーツ姿の自分を忘れて、その安堵に包まれた境内に身を委ねることにしました。
向日神社が市名の由来である向日市は、西日本一小さな市。市民全員が向日神社の氏子になるという。
参道の入口付近。代々宮司の屋敷がある。
緑に包まれた参道は250m続く。
木々の合間に見える、空の青さも深く。
向日神社の参道には、見事なまでの桜並木が続きます。盛夏だったから、この時は息を飲むような緑の洪水。それと暑さにいよいよ激しさを増すセミたちの大合唱。それでも不思議と耳障りではなく、そして緑のトンネルは日差しを和らげ、心地よい散策を楽しみます。木々の合間に見える空の青さも深く。コントラストを描く白い雲。
約250mほどある参道を奥まで行けば、右手に手水舎、正面には舞楽殿。八坂神社と同じように、寄進の提灯が情緒を醸し出します。舞楽殿を左回りに奥に進むと、そこに本殿があります。
境内には緑景が豊かで、そして何かに守られているような安心感。
境内社である「勝山稲荷神社」。
「舞楽殿」には多数の奉納提灯が掛かる。
向日神社を中心に、町は発展した。
ここで向日神社の歴史を。向日神社の縁起はかなり古く、奈良時代の718年と言われています。このあたりを宮内とした長岡京よりも歴史は古く、向日神社をあらかじめ含めた区割りがされました。
境内は向日丘陵という小高い丘の最南端にあり、もともとは向神社(上ノ社)、火雷神社(下ノ社)というふたつの神社がありました。これが一緒に祀られるようになったのが今の向日神社。鎌倉時代、1275年のことでした。近くに西国街道が通っていたこともあり、やがて向日神社を中心に町が発展し、江戸時代には向日町と呼ばれるようになったそうです。
向日神社の創建は718年と言われる古社。上下二社に分れていたが、1275年に上社に合祀され現在に至る。
優美な佇まいの「舞楽殿」。
「舞楽殿」は2002年に焼失し、翌年再建された。
明治神宮のモデルとなった、室町時代の本殿。
そんな向日神社の本殿には、有名なエピソードがひとつあります。それは、この本殿が明治神宮の本殿のモデルとなっていること。約1.5倍にして造営されたそうです。ちなみに本殿は室町時代(1418年)に建てられた「流れ造り様式」の代表的な建築物で、国の重要文化財に指定されています。
また桜の名所としても非常に有名で、向日市一番のお花見スポットとして人気です。春は桜祭りがおこなわれ、秋には紅葉スポットとしても親しまれています。神社の裏手には、鎮守の森と桜の園があり、この神社に流れる穏やかな空気の源になっている気がします。町の中心で悠久の時を、向日神社は昔も今も、変わらずに刻んでいるのでした。
最も奥にある本殿は室町時代1422年再建。三間社流造で国の重要文化財に指定されていて、明治神宮本殿のモデルとなった。
photo.
アクセスマップ
詳細情報
名称 | 向日神社 |
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所在地 | 京都府向日市向日町北山65 |
問い合わせ先 | 075-921-0217 | 向日神社 |
休業日 | 無休 |
料金 | - |
駐車場 | 無料駐車場 |
公式サイト | - |
wikipedia | https://ja.wikipedia.org/wiki/向日神社 |
食べログ | - |
トリップアドバイザー | https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g1023396-d1386203-Reviews-Muko_Shrine-Muko_Kyoto_Prefecture_Kinki.html |
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