妙顕寺
みょうけんじ □京都府京都市
静かな住宅街に聳え立つ、巨大な瓦屋根。
京都御所の北西、西陣の手前あたりに広がる落ち着いた住宅街の中に、突如現れる瓦葺の大屋根があります。周囲の町並みとは一線を画す雰囲気。一般的にはそれほど有名ではないのかもしれませんが、この町では異彩を放つ存在であり、いくつかの塔頭を従えて景観の主として君臨するのが日蓮宗大本山、妙顕寺です。派手さはないものの、町に溶け込みつつその異彩を放つ隠れた名刹です。
重文の総門は、別世界への入口。
何気ない町の雰囲気に同化するように建つ総門は、実は国指定の重要文化財。必要以上に主張しないその総門を抜けると、周辺の町並みとは別格の世界が広がっています。
境内は思った以上に広く、多数の堂宇が並んでいます。中でも特に正面に控える大本堂はかなり見ごたえがあります。江戸時代に京都の8割を焼き尽くしたという天明の大火で焼失した後、同じ姿に再建された大本堂。とにかく大きな瓦屋根に迫力があり、どっしりと構えた壮大なお堂です。
尾形光琳の世界観を表した、珠玉の庭園。
また「四海唱導の庭」「孟宗竹の坪庭」「光琳曲水の庭」「五色椿と松の庭」という4つの庭も見どころ。特に「光琳曲水の庭」は、江戸時代の日本美術の大家である尾形光琳が描いた「寿老松竹梅図」を模した庭園。大火に見舞われる前は、尾形光琳が実際に作庭した庭園もあったそうです。実は妙顕寺は、尾形家の菩提寺でもあるのです。寺では彼の作品も所蔵しています。
9つの塔頭が、往時の繁栄を物語る。
妙顕寺の創建は鎌倉時代の1321年。京都で初めての日蓮宗寺院として、日蓮の孫弟子にあたる日像によって開創されました。日像は京都での布教に努め、後醍醐天皇から勅願寺の命を受けて、この地での根本を成す本山となりました。その後は他の宗派からの迫害や大火などさまざまな障壁があったものの、移転や再建を繰り返して現在に至ります。今も9つの塔頭があり、往時の繁栄を物語っています。そのうちの泉妙院は、尾形光琳の墓があることでも知られています。
紅葉と桜も、妙顕寺の魅力のひとつ。
妙顕寺の西側には風流な景観で知られる小川通があります。千利休の流れを汲む裏千家今日庵と表千家不審菴があり、いかにも京都らしい風情が感じられる場所でもあります。
そんな風雅な町に呼応するように境内は落ち着いた雰囲気で、とても静かです。ほとんどの観光客はここまでやってきません。平穏な空気が流れていて、そよ風に揺れる青モミジがとても美しい午後でした。紅葉と桜も、妙顕寺の魅力のひとつなのです。
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アクセスマップ
詳細情報
名称 | 妙顕寺 |
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所在地 | 京都府京都市上京区妙顕寺前町514 |
問い合わせ先 | 075-414-0808 | 妙顕寺 |
休業日 | - |
料金 | - |
駐車場 | 有料駐車場 |
公式サイト | https://shikaishodo-myokenji.org/ |
wikipedia | https://ja.wikipedia.org/wiki/妙顕寺_(京都市) |
食べログ | - |
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