マヅラ

喫茶店の枠を超えた、それはタイムマシーン。

「いらっしゃいませぇ‼︎」突き抜けるように明るい声が、いつもビルの通路に響き渡ります。昭和の憂いをたたえるこのビルの地下にあって、高度成長期の熱さをそのまま纏い続けるように店頭に立つオーナーは、今やTVにもよく登場する名物店主。今も昔と変わらない姿で客を迎えます。
JR大阪駅の南側、周辺では戦後いち早く再開発が始まり、かつては大阪で最も地下が高かったことからダイヤモンド地区と呼ばれる一帯。その南端にある大阪駅前第１ビルの地下に、喫茶店の枠を超えたタイムマシーン、マヅラは店を構えています。

もはや伝説といっていいほど、驚くほど昭和のまま時間が止まっている。発展著しい梅田で、貴重な喫茶店。

駅前第1ビルの地下1階に店を構える。

各種メニューの値段も驚異的。

駅前ビルの中でも、突出して時代錯誤な雰囲気を放つ。

実は以前の勤め先が梅田で、サラリーマンの聖地とも呼ばれる駅前ビルにはよく通っていた身。安い定食屋や飾らない喫茶店、マッサージ店やパチンコ屋など、とにかく雑多なテナントが地下街にひしめいていて、最近の大規模な再開発に湧き上がる大阪駅周辺とは一線を画したレトロ感が魅力でもあります。そんな駅前ビルの中でも、突出して時代錯誤な雰囲気を放っているのがマヅラです。
オーナーからウェイトレスへ、そして席に着く頃にはもう別世界の深淵にたどり着いています。店内はとにかく広く、180席ほどあるのだとか。内装は極めて異彩を放っています。高い天井には月面のクレーターを思わせる凹凸があり、随所に曲線が目立つ調度品、どこを歩いたら向こうに行けるかわからないような不思議なレイアウト。やはり宇宙をテーマにデザインされたらしく、どこをどこから見ても70年代的宇宙感覚が散りばめられています。

レトロなビルの中でも、突出していい意味で時代錯誤な雰囲気を放っている。内装のテーマは「宇宙」。

伝票には切り取り式のショップカード。

食器や灰皿も懐かしさに溢れている。

少し年季の入った、2001年宇宙の旅のディスカバリー号。

壁面に張り巡らされたミラーによって、その別世界はどこまでも無限に広がります。それはとても斬新で、新鮮で、お洒落な空間。ほんのりと暗めの照明は、こんなにサイケデリックな空間でもきちんと落ち着きを与えてくれます。この雰囲気、今はここ以外には絶対にないと思います。まるで少し年季の入った、2001年宇宙の旅のディスカバリー号に乗ったみたい。
もし今、これと同じ空間デザインをしたとしても、この強烈なインパクトは出せないはず。きっととても薄っぺらいものが出来てしまうはずです。でもマヅラのこの空間がここまで完璧に素晴らしいのは、然るべき年輪を重ねてきたから。そこには一朝一夕には出来ない、店主の発想と思いとこだわり、そして忍耐があったからこそ成し遂げられたものなのです。

少し年季の入った「2001年宇宙の旅」のディスカバリー号に乗ったみたいに、サイケデリックな空間。

マヅラでコーヒーを飲むと、妙に落ち着く。

一朝一夕には出来ない、本物のレトロ空間。

取り入れたのは、大阪万博の時代の最先端デザイン。

マヅラが最初にコーヒーを出したのは、なんと1948年。今とは別の場所で産声を上げました。そして22年目の1970年。大阪万博で日本中が盛り上がる中、時を同じくして竣工した駅前ビルに移転。その時代の最先端デザインをたっぷり取り入れて、マヅラはそれを現代まで運んできたのです。姿を変えず、スタンスも変えず、ただひたすらに古き良き時代の空気を、微塵も漏らすことなく循環させていたのです。
正直、テーブルもチェアもソファも、決して綺麗な状態ではありません。でもそれらは歴史的な意味を持つ、とてもとても美しいものに見えます。もうすぐこの店は50年、創業からは70年を迎えようとしています。グッドデザイン賞に過去のものを含められるなら、いや、そんな賞さえ陳腐に思えるくらい、マヅラの空間は特別なものです。
初めてマヅラを訪れた時からハマりました。長い期間あしげく通い、一杯250円のコーヒーで非日常を楽しみました。今も時々ひと休みしに訪れますが、90歳を越えてなお元気なオーナーの声は、いつも同じように味のある駅前ビルのフロアに響いています。

1970年に駅前ビルに移転してきたが、それ以前は別の場所で1948年から営業していたという。

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