西宮砲台
にしのみやほうだい □兵庫県西宮市
勝海舟が国を守るために建てた、巨大な砲台。
桜の名所で知られる夙川を海まで出ると、そこには御前ヶ浜という砂浜が広がります。点在する松林が印象的な浜辺です。海を隔てて人工島の西宮浜があるため波はほどんどなく、音のない静かな砂浜です。そしてその一番東の片隅に、幕末の争乱を偲ばせる史跡がひっそりと佇んでいます。
西宮砲台は幕末の1866年、大阪湾の防備のために勝海舟の立案によって幕府が築いた砲台でした。高さ12m、直径は17mの円筒形の建物で、周囲の壁面には大砲を射つための11の砲眼が開けられています。内部には2門の大砲が備えられたといいます。その歴史的な背景から、現在では国の重要文化財に指定されています。
高さ12m、直径は17mの円筒形の建物で、壁面には大砲を射つための11の砲眼が開けられている。
この砲台から、大砲が放たれることはなかった。
近くで見るとずいぶんと威圧感があります。一時火災があったり、台風による破損があったりと波乱の運命を辿ってきましたが、それでもどっしりと地面と同化したように建つ姿はさながら堅牢な要塞のようです。江戸時代、まだまだ簡素な木造家屋が並んでいたであろう時代に、この巨大な石の塊はさぞかし威容な光景だったでしょう。しかし結局、この砲台から大砲が放たれることはありませんでした。
時代は流れ、周囲には砲台よりも高い防潮堤が築かれ、砲台をはるか見下ろす高層マンションも建ちました。少し離れて見ると、間近で見たときはあんなに大きかったのに、周囲の建物に埋もれて小さく、そしてどこか寂しげに見えます。
幕末の1866年、大阪湾の防備のために勝海舟の立案によって幕府が築いた砲台。
朽ちてもなお生き続け、壊れてもなお残されているもの。
壁に刻まれた汚れや、何かの役に立つとも思われない巨大な構造物。時代に取り残され、なんだか申し訳なさそうに浜辺の片隅に佇む姿は、いっそのこと潰してくれとでも聞こえてきそうな物悲しささえ感じられます。でもこういう雰囲気、とても魅力的です。朽ちてもなお生き続け、壊れてもなお残されているもの。
しばらく浜辺で過ごしていると、やがて夕闇が訪れました。しばらくは空とコントラストを描いたあと、西宮砲台は夜の空と同化してゆきました。完全に闇夜に溶け込んだあと、なんだか明日の朝には無くなってしまいそうな気がしました。
時代に取り残された西宮砲台は、子供たちの歓声が響く砂浜の片隅に佇む。
photo.
アクセスマップ
詳細情報
名称 | 西宮砲台 |
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所在地 | 兵庫県西宮市西波止町 |
問い合わせ先 | 0798-33-1298 | 西宮市立郷土資料館 |
休業日 | - |
料金 | - |
駐車場 | 周辺有料駐車場 |
公式サイト | - |
wikipedia | http://ja.wikipedia.org/wiki/西宮砲台 |
食べログ | - |
トリップアドバイザー | https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g1022819-d13372318-Reviews-Old_Nishinomiya_Battery-Nishinomiya_Hyogo_Prefecture_Kinki.html |
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