しもさか・信州そば

森の中の一軒家で、無二の蕎麦をいただく。

蓼科高原の豊かな森の中の一軒家。すぐ脇には雪解け水がせせらぐ小川が流れ、囀ずる小鳥が高原に遅れてやってきた5月の春を奏でます。同じように春を伝えるのは、物言わぬ小さな花たち。そんな豊かな自然に囲まれた中でいただく、とっておきの蕎麦。数年ぶりに訪れた蓼科で、まず最初に訪ねたかったのがこのお店でした。
店内には靴を脱いで上がります。テーブル席と座敷で計5卓、テラスにも1卓あります。とても清潔感のあるシンプルな内装で、それはこの店のメニューとも呼応しているような凛とした潔さ。5月の木漏れ日が店内を満たします。奥のテーブル席につき、小さな紙に書かれたお品書きから「せいろ」を注文しました。

考えうる限り、最も贅沢なそば。

店のご主人は非常に寡黙な方で、ただただ実直に蕎麦に向き合っているという情熱が伝わってくるような雰囲気。ただひたすらに目指す蕎麦を作り続け、店はひとりで切り盛りをされているそうです。
無農薬、国内産そば粉100%、自家製粉、石臼挽きの手打ち、つなぎを一切使わない十割そば。これがしもさかの蕎麦。考えうる限り、最も贅沢な組み合わせです。一口いただくと、それは僕が食べてきたどんな蕎麦とも違っていました。強力な弾性、というより噛みごたえと表現した方がいいのではと思うくらいのコシと、噛むほどにほんのりとにじみ出る甘味。そして艶やかな蕎麦の香り。ゆっくりと味わい、なかなか喉を通したくない感じ。あっさりめのつゆが、さらに蕎麦の旨味と香りを引き立てます。

つゆに使用する原料にまで、全て無農薬というこだわり。

そして薬味がまた旨く。風味豊かで透明感のある白ネギ、ほのかに翡翠のような緑をたたえる大根おろし、それからツルリとした表情のしっとりとした山葵。これらがそれぞれ、最大限に蕎麦を主役に仕立て上げます。
聞けば、蕎麦はもちろん、つゆに使用する原料にまで全て無農薬の素材を使っているのだとか。その分、価格には反映されているのでしょうが、しもさかの蕎麦ゆえに納得のいくものです。リゾート地とはいえ、冬は雪に閉ざされる辺境。しかし美しい水があり、美しい空気がある。そして美しい鳥のさえずりがあり、美しい木漏れ日がある。それはきっと、しもさかの無二の蕎麦を作るために必要な素材なんであり、あえてこの場所で店を営んでいる意味が垣間見られる情熱あふれる蕎麦でした。

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