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本圀寺 本圀寺

本圀寺

ほんこくじ □京都府京都市
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かつて洛中の大寺院が、今は山中で。

本圀寺

琵琶湖疏水沿いの遊歩道を歩いているとちょうど中間地点ほどに、朱塗りの欄干がまぶしい、風情ある橋が疏水をまたいでいます。新緑の季節ではその朱色が鮮やかに浮き立ち、青モミジとのコントラストが目を惹きます。この橋を渡ったところにあるのが本圀寺。朱塗りの橋は「正嫡橋」と呼ばれ、本圀寺への参拝者を迎える橋です。しばらく進むと立派な山門があり、森に囲まれた境内があります。

最盛時には、西本願寺の3倍もあった寺地。

本圀寺

本圀寺は長い歴史の中で移転を繰り返したお寺でした。もともとは日蓮宗を開いた日蓮上人によって、1253年に鎌倉に建てられたお堂が起源。その後1345年には京都の六条堀川に移転してきました。その後は大寺として栄え、朝廷からも幕府からも庇護される強い力を持つお寺だったそうです。寺地も江戸時代後期には今の西本願寺の北側に接して北は松原通まで、西本願寺の2倍の敷地があったそうです。さらに言えば西本願寺(当時は本願寺)が建立される前はその土地も本圀寺の寺地だったといい、最盛時には単純に今の西本願寺の3倍もあったのです。その後は紆余曲折を経て、1969年になって現在の地まで移転。700年かけて山科に移遷した本圀寺は、今も諸堂を再建中といいます。新たな歴史を刻んでいるのです。

加藤清正が寄進した、「開運門」。

本圀寺

かつては洛中でも最大級の寺院だったこともあり、関連する人物も錚々たる面々です。足利義政が寄進した重要文化財の経蔵を所蔵。加藤清正が寄進した山門は「開運門」と呼ばれ、本圀寺のシンボル的存在です。また水戸黄門として知られる徳川光圀にも加護を受け、それまでは「本国寺」でしたが、光圀が一文字を与え「本圀寺」と称するようになったのです。

神妙な雰囲気は、本圀寺の真実を物語る。

本圀寺

昔の本圀寺の大きさから比べると、現在の本圀寺はかなり小さなお寺になっています。一体何があって山科の山奥にやってきたのか、純粋に不思議な気がしてきます。現在の堂宇は1969年以降の再建もしくは新築になりますので、全体的にとても新しいお寺に見えます。痛みも少なく、また金塗りや赤青の塗装部分もまだまだ鮮やかな明るさを保っています。そのあたりは歴史ファンにとっては少し物足りない気もするでしょうが、しかし境内に満ちる神妙な雰囲気は本圀寺の真実を物語っています。静かな境内では、お堂から僧侶の読経が聞こえてきました。日蓮宗らしく、南無妙法蓮華経を繰り返す法要が行われているようです。今も変わらぬ信仰心が垣間見えた、厳かな昼下がりでした。

photo.

アクセスマップ

詳細情報

名称 本圀寺
所在地 京都府京都市山科区御陵大岩6
問い合わせ先 075-593-9191 | 本圀寺
休業日 年中無休
料金 -
駐車場 無料駐車場
公式サイト https://temple.nichiren.or.jp/5011092-honkokuji/
wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/本圀寺
食べログ -
トリップアドバイザー https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g298564-d8150485-Reviews-Honkokuji_Temple-Kyoto_Kyoto_Prefecture_Kinki.html
LAST VISIT 202206                         

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